インターネット体験記 90年代 小学生・中学生編 【インターネット原体験】【初めてのオフ会】

f:id:shichihoda:20181015002557j:plain 今回は、いわゆるジブンガタリをさせていただきたい。

と言っても、ただ単に「ぼくの中学生日記」ってな感じに普通に学校生活諸々を語ったところで、どこの馬の骨とも分からんオジサンの中学生時代の思い出に誰も興味を抱くはずもないのは自明の理であるので、今、ここで、あなたと私を繋いでいる"インターネット"。これをテーマに据えて書き連ねたいと思う。

まー、何と言いますか。この記事とか

www.gith.xyz

この記事が

oreno-yuigon.hatenablog.com

すっごく懐かしくて、自分の過去をくすぐられる感じが堪らず、面白かった。完全に触発されています。

触発されて、まだそれなりのディテールで自分の過去の記憶を引き出せるうちに、この辺の思い出を何かしらの形として残しておきたいな、と思ったので。

 

 

インターネットとの出会い -個人ホームページ-

私の母の職業がプログラマーだったこともあり、他のクラスメイトより、PC及びインターネットに触れたタイミングが多少早かったかもしれない。

幼少の頃より自宅にマザーボードやプログラムのソースコードがびっしり印刷された用紙が転がっていて、マザーボードを手に取ってはレゴブロックなんかと混ぜて「わーい、未来の街だー」なんて言っておもちゃにしていたし、ソースコードにまみれた用紙は裏紙にして落書き帳となっていた。

あ、このソースコードが印刷されている用紙の本来の目的は何かというと、昔の人は今じゃ考えられない程に低スペックなPCで作業していて、プログラムのコンパイルには想像できないくらいの時間がかかっていたそうです。で、その永遠とも思えるコンパイルの途中でエラーが見つかると当然止まってしまい、バグの箇所を探し、修正したのちに再びコンパイルという悠久の旅に出ること強いられていたそうな。これを嫌い、回避するために、ソースコードをすべて印刷し目視でデバッグをする"机上デバッグ"という方法を用いてバグを潰していたわけです。 今思い返すと、プログラムそのものといっても過言でないものが、子供が遊ぶ部屋に平然と転がっていても良しとされていたとか、超緩い時代があったものだ。

 

なんか早速逸れているけど、初めてインターネットに触れたのは小4だかで、母に頼んでデジモンの育成方法を調べてもらったのが記憶に残っている中で一番古いできごとだ。

個人の自作ホームページで、ご丁寧にドット絵まで再現していたり、デジモンの様子を細かに日記につけていたりして、血の通った感触が、幼心にコロコロとかボンボンから得られるモノとはまったく異質に思えて、妙に興奮したのはよく覚えている。

どこの誰だか分からないけど、(おそらく)ひとりでこの情報を閲覧できる形にまとめて発信している、というのがとにかく新鮮だった。コミック雑誌のおもちゃなどの情報ページももちろん毎月楽しみして見ていたが、何となく、これは売りたいものをプッシュしている情報なんだ、ということに薄々気が付き始めていたんだろう。そこへ来て損得を超えて、趣味を突き詰めた結果、インターネットに情報発信している、といった様子が、近所のゲーセンに現れるやたら格ゲーが上手い兄ちゃんみたいな、そんな身近なヒーローのように目に映ったんだと思う。

 

この時は個人のPC端末を所有しているわけではなかったので、インターネットに対する距離感としては、ゲームやマンガで雑誌に載っていない情報が欲しくなったときに母に頼んで調べてもらう、という程度のものだった。

 

Yahoo! JAPANでフリーウェアゲームを物色

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その昔、Yahoo! JAPANにてトップ画面のサイドメニューだかにプログラム配信サービスみたいなものがあって、小学生の頃の記憶なので細かな情報が思い出せないが、そこでは自作の便利なツールやゲームが配信されていた。はず。

プログラムごとにシェアウェアなのかフリーウェアなのか、フリーウェアだけど寄付を受け付けているのか、が設定されており、もっぱらフリーウェアのゲームをダウンロードして遊んでいた。

当時は、タダで新しいゲームをプレイできる、というのは言ってしまえば、奇跡みたいなもんで、インターネットという世界を知っている情報強者にのみ許された聖域みたいなものだった。と言ってもフリーウェアのゲームではボリュームも小さく、継続して遊べるものはほとんど無かったけどね。

そのなかでも、ひよこのシューティングゲームが面白くて、私と同じく、PC・インターネットに触れるのが早かったクラスメイトとスコアを競ったりしてしばらく遊んでいた。

フリーウェアのボリュームの無さに文句をたれながらも(超失礼)、企業ではなく、この世界のどこに生きる誰かが個人的にゲームを作って配っている、という事実に心をくすぐられる感触があった。

 

この頃もまだPCは持っておらず、母に「インターネットやっていいー?」なんて許可を得てフリーウェアゲームのダウンロード・プレイをしていた。日中は仕事で使っている端末なのに、これが良しとされていたとか、超緩い時代があったものだ。

 

某少年マンガのオフィシャルホームページにて"チャット"を体験

ひよこのシューティングゲームなんかをやったり、なんやかんやしているうち、いつの間にか中学生になっていた私。

フリーウェアゲームも次第に飽き、インターネットとの距離感は少しずつ遠のき、なにか調べものをするときにたまーに利用する程度になっていった。

 

そんな折、当時ハマっていたマンガがアニメ化されたとあって、よっしゃ、いっちょ情報収集するか、ってな具合にインターネットという大海原へ旅立った。

このマンガのオフィシャルホームページにアクセスすると、メニューに、"BBS(掲示板)"、"チャット"の文字。

これらのものがコミュニケーションのために利用されるツールであるということは当時の私は理解はしていたが、大人たちがよく分からない小難しい言葉でやりとりしているスペース、という印象を抱いていてなんだか近寄り難く敬遠していた。

しかし、今度のBBS・チャットは、自分が大好きな作品のもとに集った者たちがコミュニケーションを取っている場だ。これには強烈に引き寄せられた。

今、この世界で、好きな作品を通じてリアルタイムに行われるコミュニケーションがどんなものであるか知りたい、という衝動を抑えきれず、"チャット"の文字をクリック。

私は自分自身に生まれて初めてハンドルネームというものを付け、チャットに参加した。

「はじめまして」だとか、機械的に挨拶の言葉を打ち込むと、機械的に同じ挨拶の言葉が返って来た。その後は、しばらく透明人間にでもなった気分でROMっていたが、そこでは楽しそうにその週の放送分のアニメの感想をやりとりしていて、馴染み深い内容でログが埋まるその様子を見て、一気にチャットというツールが身近なものに感じられた。

そしてこらえ切れず、自らの言葉を発信した。

それに対する返信があった。

 

これまで、一方的に情報を読み取るだけだったものが、実は双方向にコミュニケーションが取れるツールである、ということに気付いてからは、そりゃあもー、ハマった。

この時期に母からお下がりでPCを譲り受けたこともあり、毎夜チャットに入り浸った。

互いに他に読んでるマンガをおすすめしあったり(イチ作品のオフィシャルでこんなことしてたら、今なら自治厨がすっ飛んでくるか即BAN事案)、好きなゲーム、学校のこととか、なんてことはない会話をしていた。

そのうち、メールアドレスを交換して、ノートに描いたこの作品のキャラクターのイラストや、当時ブームになっていたエヴァのイラストをスキャンしては、メールに添付して送り合ったりしていた。

今なら、写真撮ってTwitterで全世界に即発信できるけど、それと比較するとなんて牧歌的。

中学生には、個人ホームページを開設するというのがまだハードルが高い頃だったし、このホームページのBBSにアップするにも、凄く上手いイラストレーターも出入りしているここに、落書きをアップするというのは気が引けたしで、まだまだ未熟な学生組は自然とこんなコミュニケーションを取るようになっていた。

 

現実の学生生活とは別に、もうひとつの世界に生きるハンドルネームを持った架空の自分が構築されていく様子はとても面白かった。学生組の半分以上はリアルも充実しているようだったし、インターネットにしか生きる場がない、ってよりかは、みんなもこの変身願望みたいなものが満たされる感覚にハマっていたんだと思う。

 

人生初の"オフ会"に参加

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某マンガオフィシャルホームページのチャットにて大人たちが、近々オフ会なるものを開くという告知を行った。

オンラインでのみ繋がっていた人たちが、オフライン"現実"で会合を開き顔を会わせる。普段、デジタルな情報だけでやり取りしている人たちがどういった存在であるのか、気になって仕方がない。

開催場所が比較的に近所とあり、興味深々の私は迷うことなく即刻、参加を表明した。

 

そして、オフ会開催日。母に頼み込み、電車賃といくらかのお小遣いをもらい、緊張の面持ちで集合場所へ向かった。

この日のオフ会の予定は、カラオケに行ったのち飲み会。このコミュニティの大人たちはかなりちゃんとしていて、未成年はカラオケまでの参加で帰るように促したり、とても良心的なコミュニティだったと思う。

 

人生、初めてのオフ会。12、3人くらいの参加者だったかな。幹事グループ以外の参加者を見ずに参加を表明してしまったため、ハンドルネームは知っているが、ほとんどが積極的にコミュニケーションを取ったことのない人たち、という状況だった。

私の他に2人ほど同年代の子はいたが、彼らも例に漏れずそこまで親しい間柄ではなかったので、「ど、ども。○○です。こんちわ。」とか俯きながら軽く挨拶を交わしてからは、特に会話もなかった。

こんなんでよく参加したなあ、おい。

同年代の子らよりも、幹事のうちの一人だ。この人とは、チャットでもよく話していたし、ネット上で何か相談するならこの人、ってな感じで自分の中で、頼れるお兄さん枠にセットされていた大人だったのでこの日は、このお兄さんを頼り、ずっと後ろをちょろちょろしていた。

カラオケオフに参加したものの私は、当時カラオケ慣れしておらず、高い音など出せるはずもないのに、Bluem of Youthの「ラストツアー~約束の場所へ~」を選曲した。ほとんど歌うことができず、場を冷やすという苦い体験に終わってしまった。

本当にこんなんでよく参加したなあ、おい。

そんなんでも、チャットで、デジタルデータでしかやり取りをしたことのなかったよく見かけるハンドルネームが、確かにこの世に生きるひとりひとりの人間である、ということを体感し、インターネットってやっぱなんかすげぇや、と漠然とした感動を覚えながら帰りの電車に揺られるのであった。

このあと、このコミュニティを壊滅に追い込む事件が起こるとも知らずに......。

 

 

Photo credit: Pember_ on VisualHunt / CC BY-NC
Photo credit: Neon Tommy on Visual Hunt / CC BY-SA


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