インターネット体験記 【僕らの2000年問題】

f:id:shichihoda:20181019001842j:plain 小中学生の頃に過ごした90年代のインターネット体験をつづった前回の続きです。 www.kwsk.work

本稿では初めてのオフ会後、和やかな空気の良コミュニティが崩壊に向かう話にフォーカスして、インターネット昔話と洒落込せていただきます。

 

 

ゆく99年 くる2000年

世間では大人たちが2000年問題だなんだと騒がしくしていた。

ノストラダムスの大予言を乗り越え、2000年問題を乗り越えた先に何か大きな変革をもたらすかのような空気が世の中に漂っていた気がする。

でも、この時、"私の認識する世間"で99年の終わりに向けて変わったことと言えば、ストリートファイターの主人公が変わり、ザ・キング・オブ・ファイターズの主人公が変わり、"T.M.Revolution"が“the end of genesis T.M.R.evolution turbo type D”に変わったとか、そんなくらいなものだった。

 

例のホームページで出会った人たちとの親交は続いており、特に仲の良かった人たちとは、年賀状を送り合おう、なんて言って住所を交換していた。実名と住所をみんな何のためらいもなく教えることができていたあたり、まだインターネットに牧歌的な空気が流れていたことを再認識させられる。

毎夜チャットに集まっては雑談しつつも、みんなせっせと思い思いのイラストを描いて年賀状発送の準備に追われるといった12月を過ごした。

 

みんなで、チャットルームで年明けを迎え、家族以外の大勢の人間と日付変更の瞬間を共有したことに、なんだかふわふわそわそわとした感覚を覚えた。

特に何か特別な事件が起こることもなく2000年に突入した。

昼過ぎに母が「初めて見る名前の友達から届いてるわよ」とイラスト年賀状を渡してきたのが事件と言えば事件だった。
さっさと自分で取りに行くんだった......。

夜更かしものたちが、また遅くの時間にチャットルームへ集い、日付変更に居合わせなかったものが入室しては「今年もよろしくー」といった挨拶を交わしていた。

この空間が"今年で終わる"とも知らずに。

 

MSNメッセンジャーの登場 崩壊への序曲

2000年になり、しばらく。

この頃、チャットルームの一部のものたちの間でメッセンジャーが話題となった。
このうちの仲良くしていた人たちから導入をすすめられ、私も無事、ビッグウェーブに乗り遅れることなく済んだ。

チャットルームのログ上は新規も古参も和気あいあいといった文字が飛び交っていたが、ぶっちゃけ、みんなチャットでのコミュニケーションに新鮮さを失いはじめ、初めての人との挨拶が煩わしくなっていたし、親交のない人間の発言にはさして興味がなく、仲の良い人間たちだけで途切れることのない会話を楽しみたい、と心の底で薄々思っていた。

そこへ来て、クローズドなスペースでリアルタイムに呼び出せてコミュニケーション取れるツールの登場によって、みんなの心の底にくすぶっていたものがエクスプロージョンして、インターネット上でのコミュニケーションの常識が一気に変わったのを確かに感じた。

とは言え、例のホームページのチャットルームがすぐに廃れる、ということはなかった。

なぜなら。

みんな、チャットルームに入室しつつ、裏でメッセンジャーを立ち上げ、各々が帰属するグループと平行して会話をしていたからだ。

みんなで懸命に築き上げてきたものが少しずつ、ボロボロと崩れゆく音が聞こえたが、私は、この、なんとも言えない背徳感を楽しんでしまっていたし、この湿ったコミュニケーションが仲間内で成り立ってしまっていたあたり、みんなもきっと同じ感覚だったのだと思う。

 

異変

f:id:shichihoda:20181019001901j:plain 基本的に文字でのやり取りがメインとは言え、長い時間を共有すれば情だってわく。

私は当時クラスメイトに好きな子がいて、隣に席をゲットしてからは毎日キャッキャウフフな感じで学校生活を満喫していたのもあり、ネット上の付き合いに対して特に"男女"というものを意識したことがなく、オンラインで仲の良かった人たちはみな、ひとくくりに"友人"という認識だった。学生組には私みたいにリアルで好きな女の子がいたり、そのことをオンラインで相談したりするものもいたし、大半の人間はあくまでもインターネットを"拡張された世界"と思っていた。

でも、なにかしらの理由でオンラインの世界だけがすべてと思うものがいたとしたら......。

そりゃあ、居場所を求めたそこで恋だってするのかもしれない。

 

この日もチャットルームに入室しながらメッセンジャーを立ち上げる私。
メッセンジャーには仲の良い馴染みのハンドルネームがオンライン。

この日のメッセンジャーは、私よりひとつ年下でオフ会には来られなかった女の子 Iちゃん、地方住まいでひとつ年上の特に仲が良かったお兄ちゃん Jくん、オフ会で幹事をこなした頼れる大人代表 Kさん、そして私、というメンバー。

チャットルームには、Iちゃんを除いた上記3名に加え、オフ会参加で私が「ど、ども。○○です。こんちわ。」と挨拶を交わしたそこまで親交のない同学年のAくん、ほか2、3人。

チャットルームでは「来週の放送は原作のあの回だけどどんな風になるか楽しみですよねー」なんて、一応は少年マンガのオフィシャルホームページ内に設置されたチャットルームなので体裁を守った会話が広げられ、メッセンジャーでは案の定まったく関係のないマンガやゲームなどの話をしていた。

しばらくあってから、Iちゃんがチャットルームには入室していないことに気がつき、メッセンジャーにて。

私「そう言えばIちゃん、チャットは入ってないんだね。ド忘れ?w;」

ちょっと間をあけて。

Iちゃん「あ!ホントだね(^◇^;) これから入るよ~」
(当時のチャットってこんなだったか......?こんな感じだった気がする......。)

チャットに入室するIちゃん。
Iちゃんの入室ログを見るなりものすごい勢いで食い付くAくん。
熱烈な入室歓迎の挨拶ののちも、この間教えたあのマンガ呼んだ?とか、テスト勉強大変って言ってたけどどうだった?とか、忙しいの落ち着いたらまた電話しようよ!とか、勢いは増すばかり。
ちなみにこの頃、チャットの刺激に飽きたものたちはお互いに番号交換して電話でお話ししてたりしてました。私も例に漏れず、メッセンジャーのメンバーとは電話番号交換してたまーにかけてた。
実名も住所も電話番号もささげるとか、今じゃ考えられない愚行なわけですが、当時、信仰のあった彼らはそれを悪用するって発想が一切浮かばないとっても出来た人たちだった。悪い人に当たらなくて良かったな!中学生の私よ!

チャットルームのログが異様な空気をまといはじめた頃、メッセンジャーでは。

Jくん「Aくん、質問攻めですなぁ」
私「なんかずいぶん好かれてるねw;」
Iちゃん「うーん。なんかね、ちょっと前に電話番号教えて電話で話してからずっとこんな調子で。。」
私「うげ!マジか!驚」
Kさん「ここのところはちょっと勢い凄くて心配だよ」

どうやら、Iちゃんがチャットルームの入室を渋っていたのはこういうことだったようだ。悪いことをしてしまった。

ややあって、Jくんと私がさらに個別に二人だけでやり取りをはじめ、チャットルームの様子にIちゃんも困っているし、他の関係ない人たちも固まってるし良くないので二人で会話をしてログを流そう、という話になった。

早速チャットルームにて、トイレから戻ったー、なんて白々しいことを発言しながら、某少年マンガとは関係のない「余の名はズシオ」の話を始めるJくんと私。

ひととおりのログが流れて、打ち合わせもないのに空気を読んでくれたKさんが「こらこら、ここは◯◯のホームページだぞ(^^;」と適当なブレーキをかけてくれた。

Iちゃんがチャットルームに「そろそろ寝まーす」と書き残して退室するとちょっとしてからAくんも「僕も落ちます」も退室。

残った人たちが元の会話に戻ったのを見届け、メッセンジャー組もチャットルームをあとにした。

Iちゃんはメッセンジャーで「みんなありがとう。」と言ってその日はオフラインになった。

この日は、いつも明るいIちゃんが段々と文体や発言のタイミングから元気がなくなってしまった様子が伝わってきたことがひっかかったものの、私としてはことを完全にしずめた気でいた。

だが。おそらく。この日のこのできごとが"崩壊の引き金"になっていたのだと思う。

 

コミュニティの崩壊

f:id:shichihoda:20181019002422j:plain "あの日"以降、しだいにメッセンジャーのログイン頻度が低くなっていったIちゃん。

チャットルームに顔を出すのもAくんが不在のタイミングを見計らって、という様子だったが、たまたま居合わせてしまった際などはROMを決め込み、時間を置いてから「お母さんにパソコンやりすぎって怒られちゃいました。。おやすみなさい!」など分かりやすい言い訳を残して退室していた。

さすがに心配になってきたメッセンジャーの面々が、ある日、会話に呼び出し、何かあったんじゃないかと問いただすと、「実は」と切り出し、ここのところ毎日、電話したい、遊びに行きたいから住所を教えて欲しい、などのメールが届く、という言ってしまえばストーカーと化しつつあるAくんの現状を伝えてくれた。

当時みな、ストーカーへの対処法など明るくもないのに、「もう迷惑だから連絡しないで欲しいと伝えるべき」という意見で満場一致。Iちゃんは意を決してAくんへ、きっぱりと断りのメールを送信した。

翌日には、Aくんから返信があり、迷惑かけていたならごめん、といった内容であったとIちゃんから聞いた。 メッセンジャーのみんなは解決したと安堵していた。

 

しかし、その翌週。

その日、私は馴染みのホームページ巡回をひととおり終えて、終着点の例のホームページにアクセスした。 おもむろにBBSをチェックすると、目を疑う書き込みにしばらく思考が停止した。

書き込みはAくんによるもの。

内容は、Iちゃんへの赤裸々な思い。さらには、「僕とIちゃんが仲良くなるのをよく思わないものがIちゃんにいらぬ事を吹き込み、僕とIちゃんの仲を引き裂いた」という、"あの日"、彼の言葉をさえぎり、そして連絡を絶ってもらうようすすめた我々メッセンジャー組に向けられた批判
そして、最後は「いじめで学校に居場所のない僕からインターネットでの居場所も奪うなら僕は死ぬ」と、自殺をほのめかす内容で締めくくられていた。

まずった。

オフ会で見たAくんは、他の人と楽しそうにしていたし、愛想も良かったし、そういう境遇に置かれている人間だという想像をしていなかった。

みんなに伝えないと、とメッセンジャーのステータスをオンラインにするとすぐさま会話に招待された。 みんなもすでにこの事態を把握していて、Kさんはじめ、コミュニティの大人たちが相談しあっていて、Aくんの電話番号を交換している人が自殺だけは止めるように説得に当たっているという。

そうして、Jくんたちから現状を聞いているうちに、おそらくこの件を受けて、例のホームページメニューからBBSとチャットが消えた
それから1時間ほど経ったくらいだと思う。Kさんが、電話で説得してくれた人のおかげでAくんが思い直すと言ってくれた、という結果を報告をしてくれて、その日のメッセンジャーは解散となった。

 

数日経った頃、例のホームページのメニューにBBSとチャットが復活していた。

BBSを覗くと、新規の人の書き込みであったり、お絵かきの投稿などに交じって、Aくんも書き込みをしていた
心配かけた、某少年マンガの〇〇先生にも迷惑がかかるということに気がついた、申し訳ないことをした、という内容だった。

誰しもが、この書き込みに安堵した。

 

だが。

この書き込みから2週間ばかり経った頃、再びBBSに衝撃的な書き込みがあった。

Aくんだ。

「もうこの世に未練がなくなったので、大勢の人と一緒に死にたいと思う」という内容とともに"焙烙火矢"のレシピが書き込まれていた。

 

私がこの書き込みに気づいてから数十分と経たないうちにホームページ自体がアクセス不能、公開停止状態となった。
そりゃそうだ。この頃は"ネオむぎ茶事件"があったばかりとあり、インターネット上における犯行予告の類には敏感になっていた。
ましてや、ここはまだ連載が続いている少年マンガを広報するためのオフィシャルホームページだ。

例のホームページは公開が再開されることなく、私たちは帰属する馴染みの遊び場を失った。
この結末に至る"引き金"を引いてしまったのは、私なのではないかという胸をえぐられるような思いを残して。

 

Aくんのその後については、メールの返信もなければ、大人たちが電話をしてもAくんの親が代わることを拒否して、連絡がつかなくなってしまったと言う。

そして、Iちゃんはこの事件以降、メッセンジャーのステータスが一度もオンラインになることなく、そのままインターネットから去って行ってしまった。

 

急速に広がるインターネットという世界の中、残されたものたちはそれぞれに新たなコミュニティを見つけ巣立っていった。

かつて、団地の公園に集まり、ともに遊んでいた友達が、進学や転居なんかを機に散り散りになってゆく様とダブって見えた。

 

 

Photo credit: ajari on Visualhunt.com / CC BY
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